サンドの飯

サンドウィッチマンが、いいね!

何か分からないけど、見てしまう。

それが芸人の一番の価値だと思う。

旅番組で、話しているだけで成立する。そりゃあ本人も制作スタッフも面白くなるようにしているに決まっているが、それを超えて魅力がでてきてたときに本物になると思う。

サンドウィッチマンがスゲー。

もう一度くるブーム

定期的にくるブームがある。

バンドとお笑いが、それだ。もうほとんどベーシックスタンダードになっているそれらにも、なぜかブームがある。

しかしバンドは下火感がプンプンするし、音楽産業自体が斜陽である。ヒップホップ、特に日本語ラップはテレビのお陰で少しキテいるが、まあ一時のものだろう。

カッコ良くラップするには日本は裕福過ぎるし、裕福さがブルースになるほど恵まれすぎてもいないよ。

もう一度(テレビ発で)バンドブームがきて、その後ロックが本格的に終わっていくんだろうと思う。

フォークだけがずっと生き残るだろうと思う。


木村カエラのバタフライ

惜しい曲というのがあって、あとココがこうなれば一気にいい曲になるのにと。
ほとんどそれはアレンジだったりメロディだったり構成だったりするんだけど、これは珍しくタイトルと歌詞だ。
木村カエラのバタフライの事だ。
バで始まるのは絶対的にだめだ。ゴジラとかガラモンとか、そんな風になってしまう。
何しろ蝶じゃなく蛾を連想してしまう。
結婚式の定番曲になりつつあるのに、これは惜しい。
そんで今朝解決案を思い付いた。
ぱたフライにすればいい。バじゃなくてパにするのだ。ぱたぱたした感じで蝶も連想しやすいし、音の濁りもない。
完璧に全てがよくなる。
曲自体が一段も二段も魅力アップしたように感じないか。
ナイスアイデア

岩田社長が居なくなった世界のことを考えている。今も。

任天堂の岩田社長が亡くなってどれくらい経ったか。
今でも考えずにはいられない。
自分は任天堂の積極的なファンではない。DSも持っていなければ、wiiも持っていない。
だが、それらの功績については、影響されない訳にはいかない。
ゲームが、プレステ以上を求めなくなったときに、お茶の間にゲームを届けたのは、間違いなく任天堂だ。DSとwiiだ。
スマホがゲームを供給して、いつでもどこでもゲームがやれるようになったが、やはりゲーム体験としてはDSやwiiに及ぶことはない。
ただの暇つぶしではなくて、人生の楽しみとしての体験を得るためのゲームは他にはないのだろう。
一人の人がいなければ、それすらなかった世界のつなぎとしての社長。
本当に惜しい。

ゼロ年代とテン年代

ゼロ年代は確かに来た。そこに音楽の終末感はあったにしろ、最期の灯火のような豊穣はあった。

テン年代は、来たのか。

そもそもが、2011年から始まる年代をテン年代と呼ぶことの共通認識があるのか。10年毎の括りは、必ず必要であるのに、そしてその10年を先導する語り手が居て然るべきなのに、どうなっているのか。

個人的には、テン年代は完全にカルチャーから離れていた。スタジオヴォイスの2007年11月号のオールジャンルディスクガイド以降は何も知らないと言っていい。

だが、どうだ。世の中は。キチンと新しいものが生み出されているのか。

私たちの年代に熱狂があったように、その年代にはその年代の熱狂がある。今の中高生は、何の音楽に熱狂しているのか。大学生のリアルな熱狂は何か。

ゼロ年代に散々語られた、音楽の今後について、何かの回答が出たか。何かが終わったか。何かが勘違いにすぎなかったか。

昨日も今日も明日も、すぐ近くで完全に素晴らしい音楽は鳴っているはずであるが。

テクノポリスとピアニカ

坂本龍一がピアニカを弾いて、大友良英がギターを弾いている、あとヴァイオリンと金管楽器一人でずつの動画を観た。

ずっと前にライディーンを生楽器だけでYMOが演奏している動画を観て、えらく格好良く思った覚えがある。テクノの良さに、生楽器の演奏から触れていくという、間違った導入だが、確実にテクノを体に染み込ませた。

テクノは、耳を開かせる瞬間がある。テクノ耳になる瞬間だ。私の場合は、ワイヤーの琉球ディスコでその瞬間を迎えた。

その前にも、クラブやらライブハウスやら友人宅で蓋が開きかけていたが、明確にはワイヤーであった。

音量が上がるにつれ、視覚と聴覚のバランスがどんどん逆転していき、思考も混沌としてくる。そこに入ってくる秩序はリズムだけで、メロディーは要らなくなる。

打楽器を叩く代わりに、腰と頭で空気を叩く。叩かずにはいられない。一番音楽が味わえるのは、自分が演奏することに他ならない。だから、せめて空気でも叩かずにはいられない。

生き残るSNSは何か

FACEBOOKは生き残るか。

日本ではダメだろう。実名を出すには国土が狭すぎる。メンタリティにも不適合な感じだ。

ツイッターはどうか。3年は生き残るだろう。何か、フワフワしてるが故に意外に一番長生きするかもしれない。

固いのはLINEだ。

10年は、今の若者世代のインフラであり続けるだろう。

その後は、何か現時点では想像つかないサービスが出来て、皆それを使うんじゃないかな。

ケータイもスマホに代わる端末が出来ているかもしれない。物理ボタンへの回帰はないと思う。

どうなっていくかな。